町長日記(2024年1月)

町長日記:82日目 1月31日(水曜日)

現在、郷土資料館や博物館、美術館、公民館、体育館などの社会教育施設の所管を、教育長部局から町長部局に移して頂くよう教育委員会にお願いしている。日本の教育委員会制度の基になったのはアメリカの「学校区」だ。しかし、本家のアメリカでは学校区が運営するのはあくまで学校であり、社会教育施設は市町村が運営するケースが多いと聞く。

実際、学校教育は一大事業であり、教育委員会は学校運営が最重要なので、中核事業ではない社会教育は投資が後回しになりがちだ。それに、美術館や博物館は町長部局での観光振興と一緒に進めたほうがいいし、公民館は町長部局での健康増進やまちづくりと一緒に進めたほうがやりやすい。

教育委員会からは、傘下の審議会の議論を経て判断すると総合教育会議で示された。既に、郷土資料館については文化財審議会での説明を終え、次回の審議となる。美術館については本日、美術館運営審議会で即日のうちに了承頂いた。

芸術文化にはパトロンが必要だが、正直言って人口六千人余りの真鶴町がパトロンになるのはもう無理だ。であれば、外の企業や市民社会等に支援を求めるほかない。教育委員会には子どもたちに向き合って頂き、最も大事な「ひとづくり」に専念頂けるようにしたいと思う。「まちづくり」は町長部局で引き受け、外部資金を獲得していきたい。

夕方には、真鶴町観光協会と真鶴町商工会の共催による新年懇親会に出席して多くの声を伺ってきた。真鶴には、いまいい流れが来ていると感じる。

町長日記:81日目 1月30日(火曜日)

ご親切はありがたいのですが、町長への差し入れは今後、一切お断りします。

私が単身赴任で真鶴に来ていると聞いて、「独り身ではまともなもの食べてないでしょ」と色々な方が差し入れを持って来て下さる。焼き芋、おにぎり、ゴボウの金平、アジの干物、ハバ海苔、栄養ドリンク、大根の漬物……。そして先日は伊勢海老を持ってくる方までいた! イセエビですよ⁉

優しい町民のみなさまのお気持ちはありがたいが、現在、政治資金パーティや政治献金のあり方が問題となっている。私は、政治家は金品を受け取ることも配ることも慎むべきだと思う。

私は政治を志してから、匿名のカンパ箱に入れられた少額の資料代等は別として、政治献金は一切受け取っていない。差し入れは確かに政治献金ではないが、おにぎりを差し入れてくれた方がもしも何か要望したら、私も人間だから、他の案件よりも先に処理しようとするかもしれない。それは良くない。それに、おにぎりは良くて、伊勢海老はダメなのだとしたら、その境はどこなのか? アジの干物ならOKで金目鯛の干物はOUTなのか? 際限がなくなる。

あと、ちなみに私は料理が苦手ではない。ちなみに今日の夕食は、先週土曜日に三浦で食べた「三浦大根の豚バラ煮」がとても美味しかったので、日曜日に城北自治会の餅つき大会の景品で頂いた練馬大根?と豚バラ肉を、水を加えず頂き物の賞味期限切れの日本酒だけで煮込んだ一品。昆布と鰹節で出汁もとって柚子胡椒も添えて、日本酒の効能か豚肉も柔らかく煮えて、なかなかおいしい。

ちゃんと栄養バランスも気を付けながら、仕事に備えている。息子も成人して子育ても一段落したので、真鶴で20代以来の気ままな独り暮らしを楽しんでいる面もある。静かに見守って頂けると幸いだ。なお、今は賃貸住まいだが、真鶴で海が見える空き家を買いたいと思っている。物件関係の親切な情報は大歓迎なので、お寄せ頂ければ幸いです。

町長日記:80日目 1月29日(月曜日)

「伊豆湘南道路を早くつくってほしい」という要望で、名古屋の中部国土事務所を熱海市長、小田原市長、函南町長、地元の県議らと訪れた。

名古屋城の南側だったので、Park-PFI案件として知られるHisaya-odori Parkと金シャチ横丁だけ覗いたが、時間がなく北側のtonarinoは見られなかった。観光でもないので名古屋城は遠巻きに見ただけだった。

帰りがけに、マニフェスト大賞実行委員会事務局長の田中健・知立市議を表敬訪問して、今後は真鶴町もマニフェスト大賞に応募できる取り組みを進める意気込みをお伝えした。

帰ったらグッタリ疲れたので、湯川裕司・山北町長から頂いたお手製のアップルジンジャーに真鶴・矢島農園のレモンを絞ってジンジャーエールにして飲んだ。

町長日記:79日目 1月28日(日曜日)

今日は、城北自治会の餅つき会に参加。味自慢だという豚汁は本当においしく、お替わりも頂いた。

会場の旧保健センターは、耐震強度を満たしていないと聞いてきたので、早いところ転用しようと考えてきた。しかし、冷静に考えると耐震強度を満たしていないならば、町民利用を認めてはいけないのではないか? 今の状況には矛盾がある。耐震強度を満たしていなくてもいいならば、設備投資をしてコミュニティ施設として活用することも一つの方向だ。中期の計画を立てなければいけない。

町長日記:78日目 1月27日(土曜日)

今日は、故一柳洋・横須賀市議の海洋散骨のため、三浦市に行ってきた。

私は2011年に横須賀市議に初当選した後、一柳さんの背中を見ながら議員のあり方を学んで、様々な活動もご一緒してきた。2015年に市議を勇退され、私の三期目の選挙の際には応援も頂き、某マリーナ会社の数々の不法行為に対しては一緒に闘ってもきた。昨年12月20日に亡くなり、公務があって通夜等は駆け付けられなかったのだが、今回、散骨に立ち会う機会を頂き一つの区切りとなった。

晩年には少し固陋になられて私とも疎遠になってしまったが、忖度せず言うべきことを言う姿勢は最後まで貫かれた。お好きだった日本酒を献杯し、散骨後の海に注いだ。

帰りに、三崎港の周辺を歩いてきた。

真鶴と比べて感じるのは、核施設となる「うらり」の存在感が「魚座」とは比べ物にならないくらい大きい。とはいえ、単体としては、小田原のTOTOCOのほうが成功しているかもしれない。ただし、三崎には飲食店が圧倒的に集積している。マグロをはじめ美味しい魚を食べるなら三崎、という印象付けができていて、交通を担う京急グループも力を入れて、一定の観光客を誘引している。面で見れば、真鶴はもとより、小田原市早川よりも三浦市三崎のほうが強い誘客力があるのではないか。

しかし、中身を見れば、三崎は遠洋漁業の拠点であり、冷凍マグロを大量に扱うことで栄えてきたまちだ。一方の真鶴は、何軒ものお寿司屋さんに行ったが、冷凍物のマグロを出す店は少なく、基本的に地物の生の魚がきちんと食べられる。お通しにポンと生マグロ中落ちを出す店すらあって、肝を添えたカワハギなんかも割と当たり前のように出してくる。

何というか、真鶴の飲食店は概して正直に商売をしていて、それが当たり前になっているのではないか。実は東京とかだともっと単価をとれる価値があるのに気付かないまま値付けを間違えているのか、客数が少ないから単価を上げられずにいるのか。ここは、観光客の量はそんなに増やせないことを前提に、どうやったら付加価値を上げていけるかを考える必要があるかもしれない。

また、飲食店から市場に目を移したとき、以前、私は真鶴港の市場が学ぶべきは沖縄県那覇市の牧志公設市場かとも思っていた。しかし、意外と横須賀市佐島かもしれない。今の真鶴では観光客の数は稼げない。那覇の牧志市場のスタイルが成り立つのは観光客が多いからだ。一方の佐島は、別に行っても大きな市場があるわけではなく小さい魚屋さんが軒を連ねているだけだが、朝どれの活きのいいアオリイカが墨を吐いていたり珍しい魚が水槽で泳いでいるのを買えたりする。ただし、都内や横浜で一定のブランドを築いていて、レストランの人などが買い付けに来るなど活気があるそうだ。

真鶴港の市場が目指すのはどの道なのか。八戸「八食センター」のような大きい漁港市場ではない。デパートにはなれない。いわばブティックのような市場だ。少量多品種で付加価値を上げる方向に向かわざるを得ないのではないだろうか?

写真は、三浦市にあるお気に入りのお店、まるい食堂の「三浦大根の豚バラ煮」200円。

町長日記:77日目 1月26日(金曜日)

現在、真鶴町役場では職員を募集している。

真鶴町は給与水準こそ今は高くないが、やる気と能力さえあればドンドン昇進するのが特徴だ。残業も今は減って、職員の働きやすさのために改善提案を次々と取り入れている最中だ。小さい役場だからこそ、町民に喜ばれる手応えも、役場の仕事の全体像も感じられる。今年度も職員一名を海外視察に送るなど、能力開発にも投資している。ピンと来た方はぜひ門を叩いてほしい。

なお、応募は1月31日まで。新年度4月からの採用で、事務職、土木職、社会福祉士、保健師の4職種。今年の4月1日時点で40歳以下の方が対象。詳細はコチラ→ https://www.town.manazuru.kanagawa.jp/juyo/2905.html

もはや日記ではないが、人手不足で本当に困っているのだ。一緒に働いてみませんか?

町長日記:76日目 1月25日(木曜日)

たまには愚痴をこぼしたい。

過去のために、なかなか未来に進めない。先送りされてきた案件に忙殺されている。それが実情だ。中途半端なまま残されてきた数々の公共施設の取り扱い。未解決のままのトラブルへの対処。過大な投資という重荷。

そんな中でも、前を向いて進んで下さっている職員や信じて任せて下さった町民のために、矢面に立ち先頭に立つのが長の仕事なのだと思う。

ちなみに今日は、神奈川県の「職員タレントブック」制度を活用して、ドローンが得意な小田原県税事務所長に依頼し、真鶴半島を空撮頂いた。寒かったが、おかげで空気が澄んでいて素晴らしい画が撮れた、と何枚か送って頂いた。本当にありがたい。

愚痴をこぼしている場合じゃないな。

町長日記:75日目 1月24日(水曜日)

全国若手町村長会のオンライン会議に参加した。様々なメディアで取り上げられているカリスマ町村長も多く、よく勉強されている方ばかりで、話についていくのが大変だが勉強になる。お誘い頂いた山梨・葉山町長に感謝だ。

https://www.young-mayor.net/

議員時代もマニフェスト運動の輪の中で多くを学んだ。生きた学びは、現場で格闘する人の背中にあると思う。

ところで、私事だがロボット掃除機を導入した。こいつに隅々まで掃除させるためには床が空いていないといけない。面白いもので、床を空けるために片付けを迫られ、一気に部屋が綺麗になった。ある意味、ロボットに合わせて人間様が働かせられている。これも或る種のDXだと自分に言い聞かせる。

町長日記:74日目 1月23日(火曜日)

今日は、能登半島地震の被災者のために真鶴町消防団の方々が集めた募金をお預かりした。募金箱を用意している他、一定のまとまった募金はこうしてお預かりし、確実にお届けしていく。

昨日の議会で、2つの公共施設(真崎荘と風外堂)の廃止を報告し、本日には記者発表も行った。

https://www.town.manazuru.kanagawa.jp/.../20240123...

議会でもおおむね異論なく、跡地については何か町として活用する可能性がなければ、近く民間提案の募集受付や売却の運びとなる。右肩下がりの時代。これから公共施設マネジメントも本格化していかなければならないだろう。

町長日記:73日目 1月22日(月曜日)

通勤時に、驚くものを見かけた。ゴミ袋にいっぱいのミカン。ミカンが食べきれないほど生っているお宅は多いが、こうやって捨てる人がいるのか……。

お願いだから、ミカンは燃やすゴミに捨てないでほしい。水分が多いので燃焼効率が悪くなり、石油を足さなければいけなくなる。処理コストも増えて、結局のところ町民のために使える税金が減ることになる。おまけにCO2の排出量も増える。真鶴町ではキエーロなどのコンポスト容器への補助金も用意しているので、生ゴミは燃やすゴミにはなるべく入れないで頂きたい。

午後には、ちょうど用事ができて湯河原美化センターに打ち合わせに行ったので、せっかくだから視察してきた。先日の不祥事が起きた廃木材の処理施設や金庫の管理状況なども確認してきた。炉の大きさやゴミの性状なども把握できた。やはり現場を見ることは大事だ。

町長日記:72日目 1月21日(日曜日)

あのYouTuberとして?有名な石丸・安芸高田市長と、お隣の湯河原町で行われた「地域政党サミット」でのトークバトルをしてきた。かませ犬として議論を吹っかけ、「恥を知れ!」「国語力ゼロ!」に続くバズワードを引き出すのが役割だと思って臨んだのだが、狙いは外れることとなった。巷に広がる好戦的なイメージとは全く違って、まっとうで穏当で見識ある方だった。

驚いたことに、お互い「答弁調整」せずに約20分の話題提供を行ったのだが、石丸市長と私の話のまとめが全く同じだった。それは、「二元代表制は車の両輪ではない」というものだ。

石丸市長は「車にたとえるならば、首長と議会は車輪ではない。首長がアクセルであり、議会がブレーキだ」と説く。そのうえで、「ブレーキが壊れていると、まちが事故を起こして危ないので、修理するか交換しなければならない」とわかりやすく説明し、会場は大いに沸いた。

一方、私は「首長と議会はヨコではなく上下の関係だ。監督する議会が上で、執行する首長が下だ。しかし、最初から議会に盲従するのではなく、きちんとデータや根拠に基づいた情報提供をし、議会で充分に議論して頂いたうえで、示された判断には淡々と従う。だから、石丸市長が『諸悪の根源』と呼ぶ根回しも、私は喜んで行う」と述べた。この点が、石丸市長との対立点、というよりアプローチの違いか。

最後、石丸市長に喧嘩を吹っかけたのは「安芸高田の議長さんは『議会は要するに多数決じゃけえ』とか言ってましたけど、そうじゃないですよね。民主主義っていうのは、議論して合意形成をすることが大事じゃないですか。うちの議員さんはちゃんと議論なさってますよ」というもの。これに対し、石丸市長は「真鶴町長から喧嘩を売られたのですがどうしますか、とうちの議会にお伝えしたい」と笑って応えていた。

こんな調子で、石丸市長とのプロレスは、シナリオはなかったもののお互いにガチンコで技を繰り出しあい、しっかりと議論も組み合って、会場も巻き込んだお約束の「場外爛闘」も経て、熱気の中に試合終了となった。ヒール役の私の完敗かな。

第二部もお邪魔して、かつて県知事選に挑戦した露木順一・元開成町長の進行で、首長選に挑んで惜敗された二名の方と鼎談した。

思うに、選挙の勝ち負けは、候補者の能力だけでは決まらないものだ。お二方とも、議員としてはトップ当選を果たされ、鮮やかな弁舌と個の力で実績を積んできた実力ある政治家だ。一方の私は、トップ当選などしたことがないし、同僚議員の力を借りながら細々と実績を積み上げてきた。そんな私が、今回の混乱の中の真鶴町長選では余所者ながら選ばれた。

一方で、選挙は「勝てば官軍」というものでもないはずだ。本来なら選ばれるべきでない者が当選する選挙もある。逆に、敗色濃厚でも大義のためには今こそ立ち上がらなければならない選挙もある。選挙に出る者はとかく揶揄されがちだ。だが、挑戦は尊い。私たち有権者は、立候補する人々にもっと敬意を払ってもいいと思う。

町長日記:71日目 1月20日(土曜日)

防災無線による放送について「防災以外の目的にあまりに使い過ぎではないか?」「町内イベントの告知に使うのはいかがなものか?」「災害時でもないのに、毎日11時00分と夕方のチャイムは必要なのか?」「流すにしても長すぎるし音が大きすぎる」という懸念の声をいくつも受けてきた。そこで、何を放送するのか基準を設け、チャイムについては音量を下げて短くするように担当課に指示した。ところが「短くするよう事業者に依頼するとコストがかかるため、町長が自分でもできるとのことだったのでお願いしたい」旨だったので、ひとまず昔とった杵柄で、オーディオ編集ソフトを引っ張り出してチャイムを1分21秒から28秒へ編集した。町長が自分でチャイムを編集する町も珍しいかもしれない。なお、防災行政無線で何を流し何を流さないかの基準は追って公表したい。

また、第15回「真鶴空き家勉強会」にお邪魔した。今回のテーマは「古家の診断とリフォームの現場を見てみよう」。既に売買が行われた物件なので写真はUPしないが、実際に古家の中まで見せて頂き、空き家流通の現実を目の当たりにすることができた。

町長日記:70日目 1月19日(金曜日)

加藤ゆうすけ横須賀市議から「よこすか市議会ガイド」が送られてきた。10月までは私も編集委員で、辞職する前日あたりまで原稿を書いたりしていたので、座長だった加藤議員が完成品を送ってくれたのだ。ページ数も限られ、凝ったデザインも予算上できないという中「なんとかわかりやすい特集ページを」と思って書いたので仕上がりがうれしい。心遣いに感謝。

その後、真鶴町立の診療所を運営して下さっている地域医療振興協会さんがセイジョー真鶴店とも連携して「町の保健室」を開いて下さっているというので受けてきた。今回は骨密度測定とのことで、幸いにB判定で合格点。にわか養生だが、セイジョーで節分の大豆を買ってきてポリポリ食べた。

町長日記:69日目 1月18日(木曜日)

今日は横浜DAY。横浜で2件の予定が入ったので、合わせてアポを入れて計4件ご訪問する。役場内の仕事だけでなく、町内を回ったり、横浜・東京に出たりするので、気分転換にもなるし、外の風も吸って新しい情報が入ってくる。

今日は、富裕層にあたる方にお時間を頂き、真鶴への期待とご提案を伺ってきた。こうして直にお話を伺うと、真鶴を高く売るための勘所など気付きがある。出会いに感謝。

町長日記:68日目 1月17日(水曜日)

来客2件の他は、ずっと役場内で各種調整。懸案だった内部問題も一件が解消し、自分の就任前からのトラブルも解消への道筋が見えつつある。

元々パンクロッカーで直情径行型だった自分が、今は苦手な事前連絡・調整・根回し・段取りに明け暮れている。人生とはわからないものだ。

町長日記:67日目 1月16日(火曜日)

消防出初式に消防制服で臨み、着替えてサウンディング調査に向けた打ち合わせをし、石丸・安芸高田市長らとZOOM会議でご一緒し、来客2件。

魚座に片岡鶴太郎画伯の絵があるという噂を聞きつけて、移動の道すがら寄ったら本当にあった。お客様には見えないところに安置してあって、ちょっと勿体ないなあ。

町長日記:66日目 1月15日(月曜日)

今日は東京で打合せ3件。「好事魔多し」とはよく言ったものだ。晴れていればシェアサイクルを使い分けて移動することが多いのだが、2件が順調に終わって鼻歌交じりで走っていたら、たった3センチメートルの段差に前輪が引っ掛かって転倒。一張羅のパンツと股引に穴が開いてしまった。逆に言えば、豪快に転んだ割に怪我もなく済んだのは幸運と言うべきだろう。

渋沢栄一像の前も通りかかって、名を残してから死にたいと改めて。

就任前に起きたトラブル案件を後始末する方法をグリーン車の中で文書にまとめながら帰って、今日が賞味期限切れのほうとうを煮て食べた。あれ?これも渋沢栄一じゃないか。

町長日記:65日目 1月14日(日曜日)

これといって何もせず、のんびり過ごした休日らしい休日。

町長日記:64日目 1月13日(土曜日)

歯科医院で、先延ばしにしてしまっていた治療をする。この先延ばしが良くない。とりわけ若いときに早め早めに治療していればこんなことにはならなかった。昔の自分を説教したくなる。こんな思いをさせないよう、小中学校での歯科検診や、フッ素洗口、フッ素ガムなど、状況を把握しなきゃと思った。

岩海岸どんど焼の点火に間に合った。1月6日の投稿で「中の空洞に正月飾りを入れる」と書いたが、どうやら中にも入れるが外にもくくりつけるスタイルだったようだ。しかも中には目一杯には入れないで、空洞を残していた。

その意味を知ったのは点火してからだ。横須賀市野比のおんべ焼は表面から燃える。なので時間をかけて小さくなっていく。真鶴町岩のどんど焼は祠部分が空気穴となり、空洞から空気が供給されるので一気に燃える。点火からものの5分足らずで大半が焼けて崩れた。ある意味あっけないが、早く餅焼きに移ることができるいい仕組みとも言える。餅の焼き方も、ミツマタの3つに分かれた枝に指すのが習わしらしい。煤がつかないようアルミホイルで覆ってあるので、なんだか魔法の杖みたいでオシャレだ。風土ごとの風俗は大事だと感じた。

町長日記:62日目 1月12日(金曜日)

気付けば、今日でちょうど就任2カ月となった。次々と面会の予定が入るうえ、こちらからも早め早めに各所へお伺いしており、その間に不祥事なども起こるため、バタバタと過ごしてきてしまった。ギアを変えるつもりが、変えられていない。

職員との面談も遅々として進んでいない。ただし、面談シートに書いてもらった内容はじっくり目を通した。課題山積だ。

「まずは様子見」と甘めの評価をしてもらえるハネムーン期間もいつまでも続かない。このままでは100日はすぐに過ぎてしまう。

ゆっくり急げ。自分。

町長日記:61日目 1月11日(木曜日)

能登半島地震を受けた真鶴町の対応状況を報告しておきたい。

まず支援策について。1月5日には公共施設3か所に募金箱を設置。町営住宅の空き室は私が指示する前に福祉課長が1戸を確保していたので、駐車場代も含め無償とするよう指示した。職員派遣については事前に対応を整理し、防災担当職員は県からの要請が来れば派遣するよう調整。他に手を挙げる職員がいれば派遣する段取りを総務防災課長が組んでくれた。

次に真鶴町の備えについて。ちょうど避難生活に関する講演会が予定されていたため、改めて告知してもらった。

https://www.town.manazuru.kanagawa.jp/.../kikak.../2166.html

策定中だった震災時要支援者の避難計画も取り組みを加速してもらっている。また、避難所運営マニュアルも曖昧な部分が多く、改訂を考えている。2月に予定されていた役場の図上訓練も、今回のケースも踏まえてより実践的なものとするよう準備してくれている。

ちなみに、このところ関東大震災の際の記録を少しずつ読み進めてきた。

岩村では、全245戸中59戸(約24%)が津波で流失。火災被害はなかったものの土砂崩れの被害も多かった。人口の約5%が亡くなった。一方、真鶴村では、全653戸中19戸(約3%)が流失と比較的に津波被害は小さかったものの、複数地点から発生した火災により56%にあたる365戸が焼失。人口の約3.5%が亡くなった。津波以上に火災への備えが大事かもしれない。

他にも、この地域でも朝鮮人虐殺は無縁ではなかった。湯河原では朝鮮人に加え台湾人まで虐殺されたという。ただし、真鶴では湯河原から逃げてきた朝鮮人2名に暴行は加えたものの、制止する者がいて殺害までは避けられたらしい。その後、多くの朝鮮人が出稼ぎに来て真鶴港の築造に関わり、そのまま定住した者も少なくなかったというから歴史は不思議だ。

町長日記:60日目 1月10日(水曜日)

午前中はIT担当者と東京のコンサルティング会社へお伺いし、意見交換をしながら知見を頂いた。真鶴町の規模でも年間数十億のお金を動かしている。会社で言えば新興市場の上場企業並みだ。だからこそ、おかしなコンサルティング会社に食い物にされるのは避けつつ、対価を払ってでもしっかりと専門家から新しい知見を採り入れて判断に活かすことが大事だ。今後は、職員を海外視察にも派遣して能力を高めていく予定だ。

同行した職員からは「色々な指示が降ってくるので、町長はやりたいことがいっぱいある人なんだとは感じていたが、今日の議論を通して指示の背景にある考え方がわかった。今後は、仕事を任せる際にぜひそんな話もしてあげてほしい」と言われた。ああ、俺はまた急ぎ過ぎて空回りしつつあるな。進言に感謝。

昨日視察した真鶴中学校へ給食を導入する試算をしながら真鶴に帰ってきた。

町長日記:59日目 1月9日(火曜日)

今日は会議を重ねた後に、まなづる小と真鶴中を視察し、夕方には東京に営業に来た。いい反応を、なんとか具体的案件につなげたいものだ。

知人から「東京には真鶴町公認の居酒屋があるんだよ」と聞いたので、打合せの後で寄ってみた。なんでも以前の町長に公認されたとか。今日はバタバタだったけれど、また今度ゆっくり来たいなあ。

「浜焼き真鶴」https://hamayaki-manaduru.owst.jp/

町長日記:58日目 1月8日(月曜日)

今日は「二十歳のつどい」で、先輩風を吹かせて祝辞を述べてきた。「自分の人生のハンドルは必ず自分で握ってね。人に任せちゃだめだよ」と、どれだけ伝わったろうか。前途洋々たる若者たちに幸多かれ。

夕食には頂き物の小女子キムチと納豆と白菜の汁物。やっぱりこういう素朴な食事が落ち着くなと思う。

町長日記:57日目 1月7日(日曜日)

昨夜は小田原市での某新春の集いで飲み過ぎてしまい、二日酔いと竹刈りの筋肉痛で一日中おとなしくしていた。もう自分だけの身体じゃないのだから程々にしなければいけないと反省。

町長日記:56日目 1月6日(土曜日)

今日は「どんど焼き」の準備作業に参加してみた。私は篠竹刈り班に配属され、ひたすら竹を刈って運ぶ作業。何度か目を傷つけそうな場面があった。このままでは恐らく、いずれ失明する人が出るのではないか。町の草刈り作業従事者には、ゴーグルなどのPPEを購入して使用を義務化するよう指示したが、こうした民間の作業にも流用してもらうよう手配したいと思った。

身体のあちこちが傷だらけになって、笹の葉が下着の中まで入ってチクチクするが、出来上がりを見ると達成感がある。

横須賀市野比の「おんべ焼き」は、真竹を巻き付けてその周りに正月飾りをくくり付ける。表面から燃やし、灯油は最初の点火以外は使わない。一方、真鶴町岩の「どんど焼き」は、真竹の心棒のまわりに空洞を作った状態で篠竹を巻き付け、中の空洞に正月飾りを入れる。灯油をかけた状態で燃やすという。

1月13日(土曜日)13時30分点火予定なので、楽しみだ。

町長日記:55日目 1月5日(金曜日)

職員のミスをお詫びにあがったら、許して頂けた。ありがたい。元はと言えば、水道管の台帳そのものが間違っていた案件だ。実はこの手のトラブルが多い。水道管情報は早いところデータ化し、BIMやGISで管理したいものだ。

箱根で会合があり、20時30分に帰ってきたら役場に明かりが点いている。見に行くと案の定、残業常習犯の職員だ。真面目なのはありがたいのだが、トップの管理責任が問われる。「過労死する人が出たら、損害賠償請求の被告になるのは町長の私だからね」と言い聞かせて、「あなた帰るまで俺も帰らない」攻撃を仕掛ける。

ようやく部屋に帰ったら21時30分。スーパーで買ったサラダに今日は贅沢してヴィーガン・チリとクリームチーズを乗せて食べた。その間に、シチューから取り出した残りの鹿肉をカレーに仕上げる。

結論。カレーは正義だ。あんなに固さと臭みに手こずった鹿肉がまた欲しい食材に変わった。今後、鹿肉を頂くことがあれば、パイナップルやキウィに一日漬け込んでカレー、この一択だな。

町長日記:54日目 1月4日(木曜日)

今日から仕事始め。ウズウズして日の出前に目覚めたが雲でご来光は見えず。

実は今日から役場隣の「あけび屋珈琲」さんが、職員食堂代わりにイートインの弁当屋さんを開いて下さることになった。真鶴町役場の若手は給料が安くてカップラーメンばかり食べている者も多いので心配して、美味しくて温かくて安心価格600円の「日替わりOBENTOランチ」。今日は鮭とハンバーグが選べた。お味噌汁も付いてご飯もお替りできる。もちろん職員以外もOKなので、みなさんもぜひどうぞ。

町長日記:53日目 1月3日(水曜日)

元旦は福島のお墓、2日は横須賀市野比の白髭神社、今日は真鶴の貴船神社にお参りした。ジョギングを兼ねて行ったが、真鶴は一種のトレイルラン状態で息が上がる。眺めは最高だ。

昼食には、お正月らしく?黒豆納豆を食べ、シチューから取り出した鹿肉は、ほぐして昆布と生姜を加え沖縄風しぐれ煮にした。肉の臭みを抑えつけるにはこれだな。明日から仕事だ。

町長日記:52日目 1月2日(火曜日)

能登半島地震が大変な事態だが、今の私の立場ではボランティアなどに行くよりも、真鶴町の災害に備えるべきだろう。1月4日の仕事始めにどんな指示を出すべきか。考えながら昨日は横須賀市の家に泊まって、年末にできなかった大掃除をしながら料理をした。

まずは、被災者への提供ができるかどうか町営住宅の空きを確認しようか。ニーズの連絡調整は広域だから県だろうか。うちの幹部職員が3.11の際に現地応援に入ったことで学びも大きかったと言っていた。職員の経験値を高めるという観点からも、防災担当者の職員派遣を検討すべきだろうか。木造住宅密集地の対策も、津波ハザードマップ内の移住支援も、この機に加速すべきか。

そんなことを考えていたら、お世話になった町民の方からお電話を頂いた。「ねえ、町長さん。能登半島地震への支援はどんな状況なの?え?色々考えていて1月4日に指示するのね?よろしくお願いしますね。ところで、私たち町民も何かしたいと思っている人が多いのよ。でも私みたいなおばあちゃんが行っても足手まといになるだけでしょ。だから、せめて募金だけでもしたいから、町役場に募金箱を設置してくれないかしら。役場が集めて届けてくれるのが一番安心だもの」と言う。これは盲点だったし、思いやりの気持ちに心が洗われるような思いがした。1月5日までには設置することをお約束した。

料理は、友人から自ら狩った鹿と猪を送って頂いていたので、この機に調理することにした。しかし、最近ジビエが人気とは言うが、命を頂くということは大変なことだと思う。友人が血抜きもしたうえでブロック肉にしてくれていたものの、外で作業しているので草も土も獣毛も付いている。洗って、筋膜を取り除き、下処理をするのがこんなに大変だとは知らなかった。お店で買う肉は、こうした下処理を全て済ませてスライスまでして、あんな値段で提供してくれているのか。次に買うときはもっと感謝して買おう。そして、「ジビエを地域資源として活用を!」という声はよく聞くが、そんなに容易なことではないと感じた。

鹿シチューと猪スペアリブのバクテー(肉骨茶)をじっくり煮込んで作った。鹿肉は固くなると聞いていたので、すりおろしたキウィフルーツとタマネギに漬け込んでおいたが、それでもなかなか噛み応えがある。写真は一枚目が調理前。二枚目が昼食時。三枚目は、大きな鹿肉は取り出して別途リエット風にして食べることにし、鹿シチューをロールキャベツ風にしたものと、バクテーがとっても美味しかったので、大根を入れてバクテー風おでんにしたもの。真鶴の部屋には、まだ十分な調理器具がないし、ゆっくり料理している時間もないので、久しぶりに丁寧に料理をして楽しかった。

町長日記:51日目 1月1日(月曜日)

福島県鏡石町の実家に帰り、元旦の今日、父の墓前に昨年の報告をしてきた。家業を継いだ弟も元気で、一族も息災なおかげで、私は自由気儘に自分の使い途を模索することができる。その結果、昨年は町長という重職も預かることができた。ありがたいことだ。

独り暮らしの真鶴では家庭料理に飢えていたので、母親の手料理をたらふく食べて充電した。

さて、かしこまった新年のご挨拶は、広報真鶴1月号や1月4日の賀詞交歓会で申し上げたい。ただし今年は、昨年中から仕込んでいた様々な案件が次々と動き出す予定だ。職員には負荷をかけてしまうが、待遇改善も図りながら何とか動かしていきたい。その意味で今年は、大きな変化までは実感できないものの、変化への胎動を感じられる一年にしたいと考えている。フローの住民サービスを拡充する一方、ストックの公共施設については「縮充」の方向へ少しずつ斬り込まざるを得ないだろう。なにとぞご理解を賜りたい。

などと書いていたら、北陸で大地震との緊急地震速報が入った。被災された方には心よりお見舞いを申し上げる。どのような支援ができるのか。どのような備えができるのか。情報収集をしたい。

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更新日:2024年02月08日